3Pという言葉がある。ちょっとそんなことを思い出した。

 意味は3人でプレイするということだ。

 俺は「プレイ」なんて言葉を性交渉に使うのは好きではなかった。

 今だったらセックスのことを「プレイ」だなんてあまり言ったりはしないだろう。


 気軽なもの、ちょっした遊び、そんなニュアンスを出したかったのだろうか、それともセックスなんて個人の趣味嗜好であり、勝手にやって楽しんでいるのだから構うな、そんなニュアンスか。

 それとも、セックスは大らかなものだというような意味があったんだろうか。


 俺はもっとセックスには感情的なこと、情感があると思うから昔から違和感はあった。

 まあこの言葉は性病、AIDSなんて流行るずっと前のことだったはずだ。

 淫蕩などもはや夢物語だ。

 まだ牧歌的な時代だったかも知れない。



 今は男女のつながりが極端に薄くなっている、男女間に断絶があると感じられてしまう時代だ。

 俺はそう思う。

 セックスのことを人と話すということだってなかなかできない。

 別にむやみやたらな露出とか、性的な情動を刺激するというだけの商業主義、そういうものは多いがそれは男女間の断絶と関係ない。

 そうではなくて、ごく普通のこととして性的なこと、その喜びを話題にすることができなくったことがある。

 悪いことではないはずなのに、近年はなかなか他人とそんな話をすることはなくなった。



 しかも今時、そんな話をしてみれば、やれセクハラだの女性蔑視だのジェンダーだのと、まるで狙い撃ちするかのようにどっかからたちまち叩かれる。

 叩くのはこういうプロパガンダを武器にして優位に立とうとする偽善者たちだ。

 そんな連中ばかり、よこしまな意図や目論見ばかりの世の中になってしまった。



 性的なこと、人間としてごく自然なことはまるで罪悪であるかのように報道されることもしばしばだ。

 とかくセックスに関してはいつも露悪的だ。


 こういうことがエスカレートし続け、気が付いたら今や少子化などどこ吹く風だ。

 コロナとウクライナで世間は忙しいのだろうがw、むしろコロナで外出自粛なんて言っていた時こそ出生率が上がるはずだったと俺は思う。

 そうではなかったのは言論やマスコミが歪めたための罪だろう。


 これで我が国の未来があると言えるだろうか。

 政治家はとっくに少子化対策なんて諦めてしまい、外国人を誘致しようとさえする始末だ。

 怪しいウクライナの連中すら引っ張ってきている。



 そうしてまた、ブサイクなオンナに限っては「ダイバージェンス」などとクチを尖らせるのが通例だ。

 彼らにはこういうスローガンは武器になる。

 優遇される権利になり、社会的要諦という陰に隠れて自分たちの無能を正当化しようとする。

 そうして挙句には、それだけでは足りないと思ったらしく「ダイバージェンス・インククルージョン」などと拡張してみせたりする。

 訳が分からない。



 「ダイバージェンス」というのは「多様性と」訳される。

 多様性を持つことで企業や社会には競争力が生まれる、そんなコジつけのような話でしかない。

 男女平等参画では説得力に足りないと思ったらしく、「違う価値観があった方が強い」などとコジつけたわけだ。




 そうして、社会が女性の登用をしてやったらどうか。いつの間にか女性も能力が試されるようになってしまった。

 無能な人間は女性とて評価が低くなるのが当然になった。

 それではまた彼らは不満なのだ。

 彼らは無条件で女性が優先されることを願っていたからに他ならない。


 だからと、今は「ダイバージェンス・インクルージョン」、つまり「多様性を試すな、そのまま受け入れろ」なんて言い始めているw。


 全くのデタラメ、ただの圧力団体のような恫喝に過ぎない。


 しかし、そのダイバージェンスとやら、そもそもゲイやオカマが入っているのか、どうかww。

 ないというなら欺瞞もいいところだw。
 


 ともかく、その昔、「3P」なんてそんな言葉が流行ったことがあった。

 それは確かロス疑惑の三浦さんが発端だった気がする。

 彼の保険金疑惑、その報道がエスカレートしてついには彼のプライバシーが公然と晒されるようになり、その報道の中で「三浦氏はよく3Pに高じている」、そんな話が伝えられたのだった。

 人々は驚き、そんな世界もあるものかと興味を持った。


 今思えばその報道は侮辱的な意図があったのだが、実際にはあまり三浦さん個人を傷つけるようには働かなかった。

 ただ人々はそんな秘められた性生活に単純な興味を持った。


 実は知られていないところでそんな趣味の人々はいて、セックスのサークル活動のようなものがあるのだ、と。

 まあ今思えばそんな人の性的趣味に首を突っ込むなんて悪趣味もいいところだ。

 勝手にしろというだけのことではないかw。




 そんな頃だったか、俺も3Pのお誘いを受けたことがあった。

 そんな時代の流行というのもあったのだろう。

 嫁と俺、そしてその女性とで3Pを楽しみましょうか、そんなお誘いを受けたのだった。


 そのヒトは攻撃的というぐらい利発な女性で、嫁の友人だった。

 嫁と同じ学科にいた入学当初からの同級生だった。


 当時の嫁にすれば、彼女は俺を誘惑しないか心配になったほど奔放で、それほど嫁は彼女を性的に開かれた女性と思っていたそうだ。

 複数の男関係があることを彼女はサラりと嫁に話した。

 そして今は少し年下の男と主に付き合っていて、オトコを快感に悶絶させるのが楽しいとか。

 フェラをしてやるとその男が泣きそうになるのが可愛らしいとか、下ネタの話をよく嫁にした。

 そんな話を彼女から聞いて俺と会うと、嫁は興味津々にそんな話題をよく振ってきたものだ。


 「何分ぐらい持つのがいい?」なんてことも彼女は嫁に言った。

 彼女は嫁に「アタシは15分は持ってくれないと許せない」なんて言ったそうで、逆に俺との行為がいつも1時間近いことに疑念を持たれてしまい詰問されるハメになったこともあるw。

 嫁の性的なことに関する話題はほとんどこの女から来たものだったのかも知れない。



 ある時など嫁は意味もなく彼女に嫉妬して俺を非難したことさえあった。

 どうせ彼女の方が魅力的だろう、なんていきなり抗議され、ついには嫁は泣き出してしまった。


 俺は嫁の大学には遊びに行く程度だったがよく彼女に出くわしたものだ。

 嫁とは親しくしていたようだから、俺と知り合ってからは嫁は強く彼女を意識してしまっていたのかも知れない。


 それは確かに彼女はスタイルもよく、ボーイッシュでギリシャ神話の彫刻さながらだった。

 悪くないご容姿ではなかったが、彼女はひどいアバタ面だった。

 嫁に較べるとプルんとたところがなかったw。


 それに何より、彼女は議論をふっかけるタイプの女だったから俺には苦手だったのだが(笑)。

 そんな嫁の嫉妬や誤解を解くのに苦労した覚えが俺にはある。


 彼女はショートカットで、バイクを乗り回す活発なところがあったが、その一方で多彩な知識や教養を持ち合わせていて理屈を遠慮なしに振り回す、そんなタイプの女性だった。

 ちょっと話をしてアカデミックな話になると、すぐに彼女はこちらに突っ込んできて俺はギャフンと言わせられた、そんなことが何度もあった。

 嫁の前で俺は何度か、そんな無学の恥をかかせられたものだ。


 ある日のこと、俺と三人で嫁のアパートで飲んだことがあった。

 俺と嫁は同棲していたわけではなかったが、彼女は二人の暮らしを覗くようにして部屋と俺たちを交互に眺めたものだ。


 深夜になって、「帰る」というのでバイクで伴走し彼女を見送ることにした。

 フラフラというわけではなかったが、酒を飲んでしまっていたので危ないことはないかと、一緒に彼女の部屋までついて行くことにしたのだった。

 俺だけがついていくのもおかしな話なので俺は嫁を後ろに乗せ、タンデムで彼女のバイクについて行った。



 着いたところは、まるで大正時代の文豪が間借りしていたような古びたアパートで、大家の家にくっついた古びた離れだった。

 レトロと言うのが相応しいような部屋だった。

 あれは夏だったか、オレンジ色の裸電球と開け放した窓の外で虫が鳴いていたのを今でも鮮明に思い出す。


 無事に送り届けたことで、コーヒーでも貰ってから帰ろうと俺たちは少し邪魔をすることにした。


 その部屋の様子はすさまじく、無数の本がうず高く積み上げられ、床がたわんでいるほどだった。

 文学か何かの研究者でもなかろうに、これほどの書物を読んでいるのかと思うと、こちらが恥ずかしくなるほどだった。


 特にアカデミズムに傾倒していたということは感じなかったが、彼女はよく読書会や弁論会などに参加していたようだった。

 もちろん大学の専門は家内と同じ美術系だ。




 コーヒーを入れてもらい、俺たちはちょっとした雑談をしていた。

 すると突然、彼女は俺と家内の顔を何気ない様子で見て言った。

 「3Pでもする?」

 ツナギを脱いでTシャツ一枚の下から盛り上がった彼女の胸が上気したようにちょっと上下した。

 胸の大きさは嫁ほどではなかったが、健康そうな膨らみが窺え、それが汗ばんでいたように思えた。

 俺は驚きを隠しはしたものの、興味が湧いたのは正直なところだ。


 しかし家内はこちらをジロりと見た。

 今思えば、俺が鼻の下を伸ばしてそういう誘いに乗る男か、嫁は見ていたのだろう。

 俺は適当に取り繕い、家内と二人で彼女のアパートを後にした。


 きっとあの時に3Pに誘われたということがあったから家内は嫉妬してしまったのかも知れない。


 しかし俺は旦那というわけでもない。


 エロいお誘いを言下に否定するというのも小市民的だと思ったのだ。

 だから、俺は「今日はそんな気分じゃないな」なんて、ちょっとカッコをつけて誤魔化したのだった。

 正直、後で思い返すとちょっと惜しいとは思ったものだw。


 ただ、嫁は彼女よりずっと美しかったし、豊満な胸は比類ないものだった。

 彼女の誘いにうかうか乗れば嫁から嫌われてしまうかも知れない。

 それは心配だった。

 3Pのお誘いにココロが躍ったとしても、それはあくまで興味本位に過ぎない。

 俺は嫁との関係を壊すようなことはしたくはなかった。

 
 いい女、キャワいい女が相手だと苦労するものだw。 ろくろくいい加減なことができない。

 そんな嫁が一緒でもなければ簡単にホイホイと俺は乗っかっていたかも知れない。

 それから、あまり嫁と俺は彼女の話をしなくなった。

 嫁はいっそう彼女を警戒するようになったのかも知れないが、俺も忙しくなったのだ。

 嫁は大学を卒業し、彼女とはごく自然な成り行きで会うことはなくなってしまった。



 覚えているのは、就職の相談なんて話になったのが彼女との最後になったことだ。

 いつになく弱気な風で彼女は不動産会社への就職について意見を俺に聞いてきたものだ。

 俺は嫁と一緒に彼女の話を聞いて、ごくありきたりの励ましをしたものだったが、意外だったのは彼女は文芸方面や編集者なんてやりたかったろうにと思ったからだ。


 もしかするとすでに挑戦してダメだったのかも知れなかったが。


 思い出すとなかなかキュンとさせられる思い出だ。