とにかく俺は抵抗した。

 彼女を逃したらもうそれからの俺の人生など意味がないとさえ思った。

 くだらない男なんだろう。彼女自身が「取るに足らない」なんて言う、そんな男の方へに逃げて、どうなるというのだ。

 俺は抵抗した。


 それこそ、どんなこともやる、どんな犠牲でも払うと俺は思って抵抗した。

 俺は繰り返し問い詰めた。

 なぜだ。なぜ、別れるんだ。

 それが本当にお前の願いなのか、と。


 今となってみれば、どちらがよかったかはもちろん分からない。

 嫁と別れて、俺はまた別な人生が歩めただろうか。

 すでにボロボロの失恋の経験はあった。


 嫁はそれとはまるで違う女で、俺には夢のような女に思えた。


 それさえ別れると言われてどうなるか。

 俺に原因があるとは分かっていたが俺は立ち直れたか、そう思う。


 その後、何の呪いか俺は事業を起こし、二人の家を買った。

 運命的な縁で家を中古で買った。


 そして事業に失敗し、ほとんどを失って今にいたる。

 今はこの家と嫁が俺たちの残った財産となった。


 あの時、別れていたらもっと悪かったかもしれない。

 よくなっていた可能性。そんな楽観をすれば今の時代は楽な時代だ。何も考えなくとも生きてはゆける。

 しかし真剣に生きてきたこの人生は、やはり二人にかけがえがない時間だったと俺は思っている。

 どんなにしくじったとしても、だ。


 今も俺は嫁の尻を叩き、腹を揉んで、もっと鍛えろなんて言っている。

 この時のことを考えると、全てが嘘のように穏やかだ。


 「失ってはならないものは絶対に手放してはいけない。」カッコはいいが、無様なものだった。

 それに、あの時はそう思ったが、まだ先はある。

 嫁にしても言いたいことは色々あるようだが、あまり嫁が俺に何かを言う事はない。


 もっと可愛がろう。