俺は現実に後ろから抱きつかれるのはちょっと嫌だ。
当然警戒もあるが、女性から誘惑されるシチュを夢想さえしいてるというのに、どこかに抵抗がある。
嫁はこういうことはほとんどしない。
どちらかと言うとキャワな女だww。
こちらの嫌なことを分かっているのかどうか、それは分からない。
頭のよい嫁だが、そこまで分かっているのか、どうか。
随分と昔のこと。
安アパートに暮らしていた時、一間のアパートには住民が僅かにいた。
ある日、帰ると、頼みごとがあると顔を知った隣向うの女が顔を覗かせてきた。
辞書か何か、そんなものを借りたいと戸口まで近寄ってきた。
ああそうですかありますよ、と、俺は扉を開けたまま自分の机に行って本棚を探った。
すると、後ろに女の気配がゆっくりと動いて、不審に思えたがそのまま振り向かないでいると、女は滑るように部屋に上がってきた。
そして、他意がなさそうにして静かに俺の背中に顔を押し付けた。
どことなく背中から感じられたのは、どこか悲しんでいるような姿だった。
ちょっと待って、と言うのもなんだかはばかられ、俺はその女の息遣いをそのまま背中で受け止めた。
おかしな女ならそこで背中を刺されてもおかしくはなかった。
だから、少しは背中に冷たい汗が流れたものだ。
俺はとにかくじっとしていて女の息が収まるのを待った。
そうやって後ろから女に抱きつかれることは、これまでなかった経験だった。
女は後ろから手を伸ばして俺自身をまさぐった。
華奢で細い腕と指が静かに俺の下半身をぎこちなくまさぐった。
暫くして、ようやっと落ち着いたようで、振り返ってみると、悪くない女だった(笑)。
いつも接近することはなく、時々廊下の向うで見かけると挨拶をする程度だった。
いきなりその女は俺の手を引っ張ると、アパートの隣向うの自分の部屋まで連れて行った。
俺はついていった。
思い出せば激しい雨が外では降っていて、古びたアパートのトタンの屋根を雨が打ち付け大きな音がしていた。
その女の部屋は乱雑でゴミだらけで、布団がゴミをぬうようにして歪んだまま敷いてあった。
成り行きではあったが、俺はどうしても快感にはひたれなかった。
キスもなく、上半身はセーターのまま、少し小さめの膨らみを触ったぐらいでお互いの下半身だけがつながっていた。
あまり深い快感はなかった。浅い射精だった。
残念なことだったと思う。
どうせならちゃんと堪能すればよかったとか、どうしてああいうことになったのか、どのぐらい病んでいたのか、色々と思うことはある。
今でも思い出すと俺のトラウマのようなものだ。
大家から、ちょっとおかしいところがあって頼まれて下宿させている娘だと聞かされたのはずっと後のことだ。
その女がどうなったかは知らない。
今でも、自分では女から誘われたいなんて思っていても、後ろから抱きしめられたりするのはいただけない。